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 ■計算科学の発展


 大学を含めた社会の事情が今とは比べものにならない位にバラ色の話題が多かった相当以前(10年以上前)とは異なり、現代の社会の諸情勢はかなり厳しい。経済的な話はさておき、子供たちの「理科離れ現象」が深刻さを増し、近年、中学生以降の学年で理科の科目を好む学生の数が増える傾向にあるような話を聞いたことがない。大学生の理科(物理とか数学がよい例)の実力は極めて幼稚なレベルになっているようである。

 このような実態を放置しておくことはすなわち我々の存在を不必要とする結果になることは誰にでも分かる話であろう。科学することの必要性は今も昔も変らないはずである。変ったのは科学(者)の魅力が激減したのである。その昔は、科学もそれを行う科学者も尊敬されていたようである。これからの時代においても、科学も科学者も多くの人々から愛され、その必要性と同じく科学に魅力を感じる人が多くなるためには一体我々は何をどうしたらよいのであろうか。シミュレーション研究がこのような深刻な科学の現場にいかなるプラス面を持ち込むことができるのであろうか。

 シミュレーション研究の人気は他の分野と比較しても決して悪いものではない。社会のニーズも相当あり、これを受けて国レベルの資金ソースも少なくない。従ってシミュレーション研究を応用の観点から見た場合、アカデミックなシーズと社会(企業も含めて)のニーズのマッチングが大きな関心事の一つにあげられる。一方の関心事としては、シミュレーション研究(分子スケールのみならずあらゆるスケール)自体の存在感をもっと鮮明なものにするためのアッピールがそれ以上に必要な課題と考える。シミュレーションはあらゆる科学・技術の分野になくてはならない現代の最先端技術(解析手法)としての地位は既に確立しているように感じられる。しかしながら、シミュレーション研究が21世紀の科学・技術の発展になくてはならない真の役割を演じるのはこれ以外にもある筈である。子供たちの「理科離れ現象」やそもそも科学に興味を有する人々が減少してきた現在の状況、自己満足を主要な目的としたような科学者の狭い倫理観等々、今日の時代に内在するどちらかといえば社会全体の閉塞的状況を打ち破り、生き生きとした新鮮な躍動感のある社会を構築するための地道な努力こそが我々に課せられた一番重要な課題であろう。

 シミュレーション研究は理論研究、実験研究に加わる第三の科学(研究の手法)として産声をあげた。これにより(程度の差こそあれ)どのような複雑な系の振る舞いも一応解くことが可能となってしまった。この事が真であれば、それだけでも大変な成果であることは明らかである。現時点では困難ではあるが、やがて蛋白質のダイナミックスが第一原理的な計算によっても解くことができるようになり、蛋白質間の相互作用や電子移動の問題なども解明できる。細胞間のエネルギー移動、新陳代謝なども計算可能な時代がやがてはくるかも知れない。バイオ関連のみならず、高分子材料、無機材料の分野においてもコンピュータ上で物質設計が可能となり、多くの試行錯誤的な実験を行わずとも、はるかに低いコスト/パーフォーマンスでコンピュータがその代わりを行ってくれる。これぞ科学・技術先進国の威力の見せ所と言えよう。しかしながら、コンピュータシミュレーション研究がもたらす福音はこれだけではない筈である。むしろ、ここでは(あまり多くの人が明瞭には言ってこなかった)もう一つの事を強調したい。

 科学に興味を持つきっかけの多くは問題の複雑故よりはむしろ単純なことにある。また人間の五感にふれられることの方がより直接的で親しみが持たれる。上で、シミュレーション研究は複雑事象に最も威力を発揮すると述べた。これは間違いないことであろう。複雑さの特徴として数多くのパラメータが内在している。ものの個性を表現するのも同じことであろう。他方、詳細を無視しながらも大まかな特徴のみを取り入れて考察するのが物理モデルの考え方である。

 分子を剛体球と見なしたりするモデル系については読者にはよく知られたことであろう。剛体球分子の集合体(液体)がある条件では結晶に転移することをシミュレーションにより発見したのはかのアルダー博士である。この発見は物理モデルの有効性を示す好例である。

 このAlder転移(**注2)の発見で特に強調したいのは、「剛体球が液体のモデルとして有効である・・・」という結果ではなく、シミュレーションによって無秩序状態(液体)から秩序状態(結晶)が得られることにある。実は、結晶化のシミュレーションが出来るようになったのは近年になってからのことである(ただしこれらの結果にも問題がないわけではない)が、それはさておき、近代科学の研究は階層構造を前提としており、物性科学では原子・分子のミクロな階層を最小単位として、次々とより大きなスケールの階層が存在する。近代科学は階層毎に普遍的な法則が発見されよくまとめることに成功したといえよう。階層に存在する秩序を壊すものは別の階層から発生する小さな揺らぎであることが多い。小さな揺らぎが積み重なって大きな変化が生じる。人間社会にも見られる現象と同じである。ゆらぎは熱関数の2回微分で表せる量である(たとえば、比熱)。このことだけから見ても計算の精度に関しては相当に困難な量であることが理解できる。

 階層を跨ぐ法則の発見にはゆらぎの性質に関する詳細な情報が必須となる。これにアプローチできる最も有力な方法がシミュレーション研究であると確信する。宇宙や生命の進化(時間)の過程にシミュレーション研究が果たす役割はきっと大きい筈である。物質界ではミクロ、ナノ、セミマクロ、マクロ領域の全容(階層)が理解されればボトムアップ、トップダウンのいずれにおいても物質科学の革命も夢ではない。

 以上のように、シミュレーション研究の役割として、ひとつには、現代社会のニーズにマッチした応用研究があり、他方では、科学革命ともいうべき、従来の研究手法では行えない階層構造を跨ぐ時間・空間の科学の法則の解明にこそあると考えたい。

 こどもの「理科離れ現象」を阻止するには、年齢や職業を問わずに科学(引いては文化全体)に興味が持てる大人が多くなる社会にしなければならない。このことは多くの人が指摘するとおりであろう。シミュレーション研究がこの面で大きな貢献をする可能性があると信ずるに十分な素地(ポテンシャル)があると考えるのは筆者一人ではないと思う。このメッセージを多くの人に送りたい。

ENIAC *注1

     *注1出展 フリー百貨辞典「ウィキぺディア(Wikipedia)」
     **注22007年はAlder転移50周年にあたり、これを記念した、特別セッションが、
       
   第21回分子シミュレーション討論会(金沢)で行われる予定である。